イースX Wikiには載ってなさそうな仕様・小ネタ解説

※この情報は個人的に検証したものであり、正確性に欠ける部分があります。
違っていたら申し訳ないです。というか誰か検証してくれ。
スキルモーション中のダメージ減少率
スキルの硬直中には被ダメージを大幅に削る仕様がある。
具体的なダメージの一例として軽減なしだと5000ダメージ、アドル、カーシャなどの単独でのスキルモーション中だとおよそ500ダメージ、コンビスキル中は200ダメージちょっととなっている。
ここから推察するに、ソロのスキル中はダメージを 1/10に減少、コンビスキル中は1人頭 1/20、二人合わせて1/10まで軽減していると考えられる。
与ダメージ上昇とブレイクゲージについて
ダメージ上昇系の効果に関しては、ブレイクゲージへの攻撃には乗らない。
恐らく、ブレイクゲージはHPゲージとみなされていないため、バリアを殴っているような扱いらしい。
そのため、ブレイクゲージへのダメージでは活力の刃(ダメージを与えた分の数%HP回復)などの効果も発動しない。
なので、カージャにシリウスリングなどの与ダメージ上昇アクセサリは効果が薄い。BRKを上げるアクセサリなど、他のをつけるようにしたい。
リベンジゲージ増加量が固定の行動
proud版では、スピードアタックの反撃時リベンジゲージがプラス1.0される。
これはアクセサリーのリベンジゲージ増加プラスや、レリーズラインによるリベンジゲージ増加補正の影響を受けない、固定増加と見てよい。
状態異常の対処策
状態異常のアクセサリーは軽減と書かれているが、一度状態異常にかかった後、回復するまでの時間も短縮される。 状態異常・過重はマナライド不可など移動手段が制限されるが、スキルモーションによる移動は荷重の影響を受けない。アドルの『ヘヴィスラスト』、カージャの『スライディング』などの移動に長けたスキルを駆使すれば過重の影響をごまかすことは可能である。
コンビスキルの与ダメージの違い
例えばクロスエッジなどは、アドル側の攻撃判定・カージャ側の攻撃判定の別々に威力が分かれている。
これはアドル/カージャそれぞれのステータスを参照している。(アドルだけ与ダメのアクセサリーを付け替えると、アドル側の攻撃だけ与ダメが変化している)
だが、クロスエッジ、ダブルスマッシャー、ラグナディザスター以外のコンビスキルは、「操作キャラのステータスのみ」参照する。
なんかコンビスキルのダメージがおかしいと思ったら、ちゃんとSTR/BRKの高い操作キャラで撃っているか確認したい。


強化マナセンスの与ダメ上昇
proudからの新機能としてマナアクションの強化があり、その中の一つに「強化マナセンス中のダメージ上昇」がある。
これが中々に強力で、強化レベルを上げきっていない状態でも、2倍近いダメージの差が生まれる。



ゲージの減り具合もすごいことに
このように、使うか使わないかで大きな差を生むので、リベンジゲージ最大+強化マナセンスでの攻撃は、中盤〜終盤の攻略において中核を担う存在と言える。
また、強化マナセンスのスロー状態は攻撃を一回でも当てると解除されるので、恐らく初撃しか乗らない。そのため、この点においては、多段技のラグナディザスターより、ブレイザルクロスが適性を持っている。
注意点として、「与ダメージ上昇」の項目でも書いているが、ダメージ上昇関係はブレイク攻撃には乗らないため、基本的にブレイクゲージなしの状態限定なのは気をつけたい。加えて、マナアクション強化はタイムアタックでは適用されないので、そっちでは使えないテクニック。本編でのみ使える。
リベンジゲージの管理の注意点
ニヴルムスペルを撃った後ジャスガしたら、何もしてないのに何故かリベンジゲージが消費されてしまう、という現象がある。
これは、ニヴルムスペルの攻撃時に継続的な小ダメージ判定が残っており、その判定に相手が引っかかった時も、「コンビスキルを当てた」と扱われてしまうためである。
ハールの断罪などでも似たような現象があるため。タイムラグのあるコンビスキルを打つ際はその点に注意したい。
敵への状態異常の付与率、耐性
軌跡シリーズの理屈と同じなのか、敵ごとに状態異常の耐性が決まっている。例えばロロリラであれば、ロロは氷結耐性低め、リラは氷結耐性高め、と言った具合。
また、スキルによっても付与量に違いがある。例えばラグナディザスターは状態異常を少ししか付与できないが、ブレイブライズなどを当てると、多めに入る。マナバーストは特に多い模様。
とはいえ、状態異常蓄積値はすぐに回復していくし、頑張って蓄積しきって状態異常を発現できたとしても、すぐ消えるので現状あまり気にしなくていい要素。
誰か状態異常を上手く活かせる方法求む。
以上、割とどうでもいい知識の数々でした。proudの攻略を煮詰めていく中で、こうした攻略サイトに出てないような細かなものがポロポロ出てきました。
実際、知らなくても全部ジャスガなり瓶がぶ飲みなりで解決するゲームではあるので、誰も気にしなかったものばかりなのかもしれませんね。
雑日記まとめ
ズル休み
小中学生の頃、皆勤賞を取った記憶がある。だが、今となってはあまり美徳に感じられない。
高校生の時は、ストレスの蓄積がすごくなると、頭痛や耳鳴り、時には熱などが出ていた。今思えば心身がアラートを鳴らしていたのだと思う。熱で早退する時もあった気がするが、特に後ろめたさは感じていなかったし、むしろ安堵していた気がする。そういう意味でも、心が休みを求めていたのかもしれない。
ズル休みを推奨するわけではないが、心を休めるために学校を休む勇気が必要な場面はあったなぁ、と後から思った。
それからしばらく経ち、大学卒業後に、お世話になった教授と話す機会があった。その中で、「人によっては4年じゃ足りない子もいるよね。そういう意味では5〜6年かけて卒業するのがその子にとって適切な期間だったのかも」という話題が出たことがある。やや繊細な話題ではあるが、私はなるほどなぁと腹落ちするところもあった。
大学の取得単位と異なる進路を取ったこともあるが、当時の就活は相当苦しかった。
前述の高校時代のそれではないが、心は終始悲鳴をあげていて、かと言って足を止めることは許されない。心を誤魔化しながら、スーツを着てあちこちへ足を運んでいた記憶がある。その後、一人暮らしの際に大きく体調を崩すことがあったが、もしかしたらツケが来ていたのかもしれない。
じゃあ一年休学なりすればよかったのかだろうか、と思うこともあるが、奨学金のことや無駄に真面目な性格からして、きっとその可能性はなかったんだろう。
ただ、自分のメンタルが明らかに限界に近いと感じた時は、プライドを捨てて仮病なりで一度休むの選択肢は入れていいのかもしれない、と思うことはある。
現状、その選択肢に頼ったことはないし、そうならないようにほどほどにガス抜きするようにしている。
タオル地のブックカバー
文庫サイズのブックカバーを持っている。無地のライトブルーで、デニム記事のような布カバーのタイプだ。中学の作文コンテストの参加賞だか何かで貰った気がするが、ずっと昔から持っている。
タオル地のようなざらついた生地が好きで、手触りがしっかりとした感触の方が心地よく感じる。そのせいか、結構文庫サイズを好んで買ったり、借りていたような気がする。
そういう意味では、本を読んでいる時、このブックカバーは結構助けになっていたのかもしれない。自分好みの手触りがあるというのは、本を読む抵抗感をある程度緩和していた。
読書のモチベーションにも、外付けの要素で後押しできる部分があるのだなと今になって気づき、ちょっと面白かった。
どこまでが偉いのか
「●●くんは自炊してて偉いね〜」と言われた。
確かに時間のある日は自分で料理をしているのだが、私から漏れた返事は「はあ、どうも」と煮え切らないものだった。
私が基本的に作っているものは大抵、①具材をカットする ②調味料と一緒に鍋かレンジに突っ込んで加熱する の2ステップな料理ばかりである。やってることはインスタントラーメンやパスタのそれと対して変わりないもので、「料理ができる人間」かと言われると、微妙なところだ。
簡単にでも料理をする動機も、コンビニ飯より安く済むからであり、洗い物をコンパクトに済ませたいからなので、ケチと怠惰が同居した結果だ。崇高な精神はない。
以前にも、乗りたい車種の話になった時に「できるならマニュアルがいいですね」と話したら、今の時代にマニュアル乗ろうとしたいなんて偉いね、みたいな反応をされたこともある。
そっちに関しても、単純にオートマよりマニュアルの方が燃費がいいからであり、やはりケチ精神が働いている。
好意的な反応をしてくれるのにうまく受け止められない私が悪いのかもしれないが、かといってケチな心構えを胸を張って主張する気にもなれない。どういう反応で返すべきか、未だに判りかねている。
履歴書を書くのが大嫌いだった
アナログの書類作業が苦手だ。
書き方の問題なのか、書き損じが多いタイプなため、履歴書を長々と記入していると、どこかで大抵書き損じる。ラジオを聴きながらだと手癖が変に出てミスりやすく、丁寧に書こうとすると、書き切るのに20分近くかかる。それでも少し気が抜けた時にポロッと間違える時もある。それが最後の数行だったときは本当にやってられなかった。
大学での就活時は、大学指定の履歴書なため、手持ちが無くなったら再度取りに行かないといけないのも、ため息を大きくしていた。
こんな単純作業に時間と神経すり減らすのは馬鹿馬鹿しい、やってられん、とフラストレーションが溜まった就活中期、何をとち狂ったのかトレス板を購入した。
アニメーションやイラストに活用される、板から光が出て、挟んである下絵の線が浮かび上がるアレを、履歴書のコピーに下書き→トレス台で文字を浮かばせて提出用の履歴書にペン入れ、という形に置き換えた。
たかが履歴書の記入ミスを減らすために約1万円の出費。だがそうでもしないと、ミスなくスムーズに書けなかった。
結果としてまあまあ感触は悪くなかった。書き直しの二度手間と工数はあまり変わらない気がするが、精神的安定感が段違いだったことが大きいだろう。
だが、履歴書が学校指定に拘る必要がなくなった大学卒業以降、トレス板は一気にお役御免となる。PCでwordに打ち込んで印刷すればよくなり、筆記要素が皆無になったからだ。
今度こそ書き損じの呪縛から脱出した、と思ったが、手書きで記入する日付の箇所すら書き損じたこともある。とことんアナログ作業に向いてないらしい。
2023年〜年度末まとめ日記
元旦は震災やら、その後は怪我で動けなかったりと更新が大きく遅れて……いや、単純に怠慢もあります、ハイ。
ご縁あって生まれた仕事やってたら上半期終わってたし、事業用口座や各種書類銀行や税務署に動き回ってたら下半期も終わって大晦日の投稿に間に合わなくて……嘘ですブログの下書きの清書サボってただけです、ハイ。
そんな感じでぐだぐだですがぼちぼち頑張ってる生存報告も兼ねて、遅ればせながらもブログ投稿しました。2023年だけでなく、2024年3月まで混ざっててキリの悪いまとめ方ですが、お見逃しいただければ幸いです。
近況
はじめての確定申告
め〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んどくせ!!!!!!
- e-taxの仕組みよく分からなくて登録・連携完了するまで数日かかる
- 地震で書類関係がごちゃついたとき、所在が不明になったためテンパって数日ロス
- 初めてで各金額の入力が本当に合ってるか不安なため逐次調べたり確認しながら入力したので進行が遅い
- やっと入力終えて税務署に別途提出書類持って行ったら受付で喧嘩に近い押し問答が展開されており、何故かMPが削れる
確定申告って……大変なんですね……。
1年目ゆえのガバもだいぶ多いですが、何より税に対する勉強不足or詳しい人が周りにいないのに個人事業主になるのは愚行という学びを得ました。
来年からは慣れて多少は入力が楽に……え? 面倒なのは変わらない? そんなぁ……
同人誌即売会に行ってきた
すごく直近ではありますが、新潟の同人誌即売会『ガタケット177』に行ってきました。
初めての即売会参加ということで、緊張+人酔いから最後はヘロヘロでしたが、本当に良い体験でした。
最近は趣味嗜好をあまりオープンにせず慎ましく立ち回るようにしていたのですが、各サークルの自分の熱量をぶつけた一冊やコスプレが視界いっぱいに広がっており、ぶらぶら歩いてるだけで瑞々しいエネルギーを浴び続けるのは中々ない体験でした。
そっか……そうだよな……なんか言いたいこと言いにくい世の中になってたけど、自分の性癖をオープンにしていい場所はちゃんとあるんだよな……。
また同人誌即売会に足を運びつつ、いつかサークルとして参加しよう、と心に誓ったイベントでした。本当に行って良かった。
面白かったゲーム
ライザ3
太ももでバズったゲームがここまで大きくなってのう……(老人会爺)
アクションチックな戦闘システムにしたり、今作ではオープンワールドにしたり、過去シリーズの常識を破るような挑戦だらけのシリーズでしたが、どれもひとまずの成果と着地点に落ち着いた気がします。
シナリオに関しては、良かったの一言です。あそこまで後腐れなく精算した終わり方をされると、ここで何か言うのも野暮に感じました。
近年のアトリエシリーズ(アーランド、黄昏時代、不思議)はシリーズファンには愛されるけど、一線級の作品とは言い難い感じでした。ライザは売り上げ的にも、クオリティ的にも、一つ壁を破ったシリーズと言っていいと思います。
一方、ライザ3の諸々のシステムをもう2〜3年ブラッシュアップすれば、本当にRPGの天下取れる可能性すら感じましたが、きっとそれはたらればなんでしょう。レスレリーナや後続の作品で昇華されることを祈っています。
ひとまずお疲れ様でした。このシリーズを追いかけてきて良かったです。
イースX
「2023年発売で特にオススメのゲームは?」と聞かれたら、コレと即答するくらい良かったです。
もっと面白かった作品、と言われると他になるのですが、「面白さ」と「取っ付きやすさ」はイコールではないです。
コマンド入力が苦手な人は格闘ゲームに入りにくいですし、女神転生は骨太シナリオですが独特のカルト要素を受け止める必要があります。そう言う意味では、イースXは色んな意味でハードルの低いゲームでした。
アクションが苦手ならメニュー画面からいつでも回復できるシステムに頼れば良く、逆にアクションに自信があるなら高難易度にすればワンミスで即死しかねないソウルライクみたいな体験に早変わり。どんなプレイヤーにも広く入り口が用意されているのは大きい要素だなと感じました。
ペルソナ5やゼノブレイドのようなゲームは「めっちゃ面白いけどプレイヤーに要求する操作・思考コストが高め」なので若干勧めにくいのですが、イースXは直感的なUIのおかげで円滑に進めるよう整備されていると、勧めやすいのが良い所だと思います。
あとはやっぱヒロインのカージャがエモですよエモ。ベタベタせずグータッチする、相棒くらいの距離感すこすこなので……。

ハーヴェステラ
そのタイトルから想起できる通り、牧場物語ライクなスローライフRPGではないです。
ヒロインが誘拐されたり人魚が身売りされそうな状況で呑気に畑仕事する気になるかボケ!!!!!!
シナリオはもうはちゃめちゃに面白いんですが、本編もサブクエもみーんな抱えてる事情が重すぎる。呑気に畑耕してる自分がおかしく思えてくるんだワ……農業ゲーなのに……
ハーヴェステラやった人との話って、農業とかボス戦の思い出より、「どの(クエストの)話良かった?」なんですよね。貝殻のペンダントの話とか記憶喪失になった駆け落ち相手の話とか。
「クエスト消化すんのかったりぃ〜」とか途中から吹き飛びました。サブクエとキャラエピ全部読んだ。みんな良かった。
すごいゲームです、これ。上記が霞むくらい終盤がすごいんですが、騙されたと思ってやってみてください。多分どっかのタイミングでスクエニ君がセールとかすると思うので……。

ファイアーエムブレムエンゲージ
RPGにおいて、インフレは悪い文化だと思ってました。強すぎる性能はゲーム性を歪めてしまう一種の毒なのだと。
ですが、このインフレの方向性に、FEエンゲージは完璧なアンサーを出してくれました。
「壊れキャラに負けない理不尽ギミックを用意すればいい」と……。


無理無理無理無理!!!!!
一手ミスれば圧殺されるようなギミックがある中、紋章士(過去作キャラ)のスキルを駆使して突破するか、そもそもギミックに付き合わないかを楽しむゲームでした。
派手でカジュアルなゲーム性に寄ったものの、結局FEの知識と経験が活かされるので、シリーズ初見の人もエムブレマーも楽しめる形に落ち着いているのは非常に良かったです。
味方の強さはできることの多さ、できることの多さはプレイヤー色を出せる攻略の幅広さ。良いインフレの形でした。
最高難易度のルナティックも、ほどよい理不尽さ、といった具合で大満足。近年のFEの中で一番楽しかった作品かもしれません。
風来のシレン6
俺たちの"黄金時代"(オウゴン)なんですよね。5から約14年も待たせやがって……。
害悪モンスター達を耐え凌ぎ、リスク管理を徹底した末にポロっと1ミスから死んで膝パン、しかし経験と知識を総動員すればちゃんとクリアできるバランス、これですよこれ。
今回は「自然回復がかなり強いが、敵の被ダメージもかなり痛い」という方向で調整がされているのですが、個人的には良い調整だと思いました。
間髪入れずに敵と戦うと自然回復が活かされず、すぐに息切れしてしまう。そのため、多対一を避ける逃げのフェーズが必要になるのは、不思議のダンジョンの本質である逃げゲーをいい形で出せていると思います。
それを踏まえてもストーリーも程よい難易度で、99Fダンジョンも「無知だと即死だが、ちゃんと詰めれば割といける」くらいの塩梅。
裏真髄クリアまで含めて2週間、狂ったようにシレン6を遊んでましたが、青春時代が蘇ったような時間でした。2024年の本命タイトルだったので、今年はもう大分満足しちゃってます。
面白かった本
百合論考vol1.01(Don't Gild thi Lily)
かつて『ユリイカ 2014年12月号 特集=百合文化の現在』では「マリア様がみてる」に代表される百合の目覚めの体験、当時の狭いコミュニティの話など、サブカルチャーを紐解くニュアンスで百合をまとめていました。
しかし、10年近くの間に百合の在り方、方向性は細分化されて、2014年からは想像もつかない世界になっています。
良くも悪くも多様化したその様子を「百合の定義は人それぞれ」と濁す人も多いですが、じゃあ自分にとっての百合は何なのか、その定義を今一度見つめ直す機会になりました。
商業におけるおねロリの変遷をまとめた『義務教育では教えてくれないおねロリの本質 〜商業おねロリ時間旅行〜』が個人的に面白く、保護するおね/保護されるロリの二面性の殻を破り、「イブのおくすり」「気をつけなよ、お姉さん」といったイレギュラーなおねロリが生まれるまでの論考には深く頷けるものがあります。
ユリイカ2020号9月号 特集=女オタクの現在──推しとわたし
悠木碧氏のコラム『推しと俺』を興味本位で読みたくて買ったのですが、想像以上に見識の広がった一冊です。
「推し」という言葉が普及されてから久しいですが、私はいまだにそのニュアンスがピンと来てなく、「好きな人/キャラ」と何が違うんだろう、くらいイメージがぼんやりしていました。
もちろん推しに対する推しに対する熱量、推しを取り巻く環境とのを向き合い方を読んだことで、なんとなくですが推しを持つ人たちの気持ちが少し理解できた気がします。
また、単に推していれば幸せというわけではなく、『批評──オタクと推しを繋ぐ言葉』では、アイドルを崇拝し無批判な風潮に疑問を投げかける視点もあったのは驚きました。
どんなジャンル・文化圏であれ、推しという大きなフレームで囲われているものの、好きなコンテンツほど自問を繰り返しながら向き合っていることがわかり、共感と発見に満ちた内容でした。
とか言ってたら、上述のガタケットで買った本に雷を打たれたような衝撃を受けて、数日そのカプの想像で悶々とする羽目に。これが「推しカプ」ってことですか……?
他にも標識無視車に突っ込まれて事故りかけたり色々ありましたが、今現在そこそこ健康に過ごしてます。健康に過ごさせてください。いやほんと。頼む。後生だから。
何はともあれ、次回はサボらず書けることを祈って、今年の残りもぼちぼち頑張っていきます。
2022年まとめ日記

大変ご無沙汰してます。ハリネズミbotです。
2020年頃に、これ以降特別な理由もない限り自分のことは呟かないような話をしたのですが、「まあたまにはいいか……」に気持ちが寄ってきました。
根がオタクなのに何も吐き出さないのも毒よね、ということで。半端な人間ですまない。
以下は簡単な覚え書きばかりですが、長めのツイッターみたいな感じでお付き合い頂ければ幸いです。
・外交的なあれこれをした
色々しました。スマブラやってるイトコにオフ対戦の誘いをかけたり、単身でオフ大会に参加したり、母校(大学)の教授に会ったり……。コミュ障にしては出来過ぎなくらいに色々なアクションをとりました。
そのおかげか、人とのコミュニケーションに対する抵抗はある程度薄れた印象があります。
他にも、こんな閉鎖的アカウントになった後も通話やフレ戦などお誘いいただく/誘う機会も意外とありました。本当にありがとうございます。
・作品評を書いた
こっそり書きました。レビューというより、「多くの人このシーン●●って解釈しがちだけど、本質はこういう部分じゃない?」みたいな内容です。批評に近いのかな。
書き終わって投稿した後、上位互換みたいな記事を見つけて泡吹いたりしましたが、自分で考え書き切ったこと自体に意味があると思ったので反省はすれど後悔はしてないです。書きたいネタはまだあるし、次はもっと上手く書けるといいね、ハム太郎。
●やったゲーム
・白昼夢の青写真
予想の数倍面白かったです。
物語の時代も空気感もまるで違うルートを3つ用意し、最終ルートに収束させる……なんて手法は言うほど簡単ではない筈なのに、きちんと纏まってるしどのルートも高水準で面白い。完璧でした。個人的に好きだったのはCASE1。
エロゲ(ノベルゲー)は技術も頭打ちになり、熱中できる新作にはもう出会えないかなぁ……なんて思っていたのですが、そんなことは無かったです。
文学を題材にしてるしSwitchでも出てる。これはお友達にもオススメできますね(?)
・スマブラSP
全キャラVIPも完了したし新規勢としては出来過ぎだな〜卒業してもいいかもな〜と思いながらも、2先の世界でチマチマ続けてます。
勝ち負けよりも、上手くなるのが面白いから続いてるので、本当の本当に行き詰まるまで結局続けそう。1600に乗りたい。
・スプラ3
友人と遊ぶツールが欲しかったので買いました。
買った当時はガチる気無かったんですが、友人がS+だから足手まといにならないようにしよう、と思った結果”そこそこ”頑張ることに……。おじさんたちのゴルフや麻雀コミュニティもこんな感じなのかな。
コミュ障だしボイチャ無理っす、って思ってたのですが、ボイチャしながらが一番おもろいわあのゲーム。
・ポケモンSV
非常〜〜〜〜〜〜に評価に困るゲーム。加点法なら200点。
歴代で一番面白いシナリオだったり、toby fox氏のかっこいい曲が前面に出たり、新しい風が吹いてきてる印象。
増田神がゲーフリから離れた今、「ポケモン」はまた別の方向性に向かいつつあるんだなぁと感じた一作でした。
ビワちゃんの素顔が出るDLC、待ってます。
・星のカービィディスカバリー
3Dになってもカービィはカービィでした。コピーの個性も過去イチだからか、今までで一番面白かったです。
「それではご覧ください!」のアレは子どもに見せてもいいのか……? と思うほど闇深でしたが、小説版を読んだらさらっと描写されていて、なるほどさらっと流せばいいのか! と知見を得ました。(?)
なお、有志が行っている「みんなで決めるゲーム音楽ランキング」では新作が出る度に上位(大抵1位)を掻っ攫うことに定評のあるカービィシリーズのBGMですが、今回も1位を獲った模様。流石。
・閃の軌跡
まだ1しかやってないけど面白いです。内乱・紛争をきちんと描けるのは良作と進撃の巨人から学んだので……。
一作で60〜100時間かかるボリュームを四部作とかマジ? と思いながらも、シナリオが徹底して面白いので文句が言えない。もし4まで完走し切ったら私、どうなっちゃうの〜!?
・ソフィー2
こういうのでいいんだよ、こういうので。
ソフィーやプラフタの良さや雰囲気を残しつつ、改良するところは改良したする、続編の好例。ソフィーの初期レベルが錬金Lv50、冒険者Lv20というところにも愛を感じる。
仲間6人個性が立ち、死にキャラも存在しない点などガストのコストターンバトル集大成って感じなのもGood。
こんな感じで作れるなら続編もっと出してもいいのよガストちゃん。
・ゼノブレイド3
クリア後はノアミオのファンアートを狂ったように探しました。
・まとめ
ぽつぽつと書き流してきましたが、個人的には充実した1年でした。
特にオフで見知らぬ人と交流するなんて学生時代には想像もつかない(でなきゃ隠キャになってない)ので、コミュ障特有の気疲れこそしましたが、非常に良い体験でした。
その反動なのか、12月は仕事AとBとCその他諸々がごっつんこした結果、「あはっ、あはっ、こんな(12月中ずっとタスク大渋滞)になっちゃった……」とかバカの所業をやってたのが何とも言えない。
単に自分の仕事が遅いだけなので言い訳の余地がないのですが、来年はもう少しペースを考えて進めます。ハイ。
ハリネズミ(ましろ)もそうですが、生活スタイル、仕事周りの環境もだいぶ変わりました。とはいえ、心身は締切以外だいぶ穏やかな日々を送れているので、この調子で引き続き頑張って行きたいですね。
ツイッターよりこういうブログ形式の方がだいぶ気楽だったので、こんな中身の薄い雑記でいいなら気が向いた時に書くかもしれません。
基本はまたハリネズミbotになると思いますが、機会があったらまたどこかで。それでは良い年をお迎えください。
【ゼノブレイド3】シャナイアの死生観について考える
※本編5章以降、セナのサイドストーリーのネタバレを含みます。
ゼノブレイド3は抽象的なセリフが多い作品だ。言葉の裏で何を考えてるかはユーザーの想像に任せたり、行間を読まないと分かりにくいシーンが多い。おそらく「生きる」というテーマに合わせて、多様な生き方を示す中でユーザー自身はどう感じたか問いかけている側面もあるのだろう。
そうしてユーザーの想像に委ねた結果、賛否が大きく別れているキャラがいる。シャナイアだ。
実際、シャナイアの真意は断片的な情報から読み取るしかないため、1週目を通しただけでは「なぜ裏切ったか・なぜ自死に至ったか」わかりにくいのも仕方ないなぁと感じる。
彼女の概要自体はPixiv百科事典などでざっくりとまとめられているのだが、やはり彼女がなんで裏切ったかなどについては具体的に書かれてないように思えた。(Pixiv百科事典でそこまで詳細に書く必要もないとも言えるが)
なので、本記事の方では、本編の描写から脳内補完する部分、行間にあたるところを中心的に解説しようと思う。
※主に読み取りにくそうな本編を中心に解説していきます。サイドストーリーの部分はあくまで行間の補完として語る点に関してはご容赦ください。
・命の火時計は人生やり直しスイッチ
本編中、「命の火時計」は消すべき存在であると繰り返し主張されてきた。
命を奪い合わないと生きていけないシステムは歪んでいる。命のやり取りが全てじゃない。自由に選択する権利があってこその人生だろう、と。
ノア達の主張に対するコロニーの考え方は様々だ。ユズリハのように生きるか死ぬかは自然に身を任せるため火時計を消す必要はない、と考える者も居れば、戦うことが全てだと、今の生き方に全く疑問を抱かない者もいる。だが、どのコロニーも最終的には火時計の無い道を選ぶことになる。
しかし、シティーの人間であるシャナイアは、命の火時計を全く別の視点から解釈した。
「再生」による、人生をリセットする手段だ。
・選ぶ資格すらない私
シャナイアには命の縛りこそないものの、生きる道に自由がなかった。
ウロボロスの家系という母親の願望に縛られ、「父親・姉の代わり」として生きられることを強いられていた。
実力が伴わないシャナイアはウロボロス候補になれず、幼馴染のゴンドウの背を追いかける日々。ならばとゴンドウと同じブレイドを使っても成果は出ず、姉のブレイド(銃)は上手く使いこなせず重荷になるばかり。心の拠り所だった芸術の道は、戦いを求められる時代だったこと、背中を押してくれる父が亡くなったことにより、潰えてしまう。
結果、予備兵として生きるシャナイアの人生は、自己実現の道がなく劣等感に塗れていた。
加えてシティーの環境は閉鎖的なため、逃げ場もない。そんな希望のない毎日が、これからも続いていく。シャナイアにとって、シティーを取り巻く全てが自分を苦しめる要因となっていった。
静かに生を全うしたいだって?
自然な命を守りたいだって?
そんなものは力ある奴の特権だっ
静かに生きられない奴はどうする
このザワザワを抱えたまま 死ぬまで生きろってのか?
何もない私には選ぶ資格すらないんだよっ
ノア達は、自分が選んだ道を自由に生きることのできる未来を目指していた。しかし、シャナイアが置かれていた環境はその真逆。自由に生きられない未来しか見えなかったのだ。
母親の束縛も、逃げ場のない箱庭も、弱くてどうしようもない自分も、縛られているものを全て壊して解放されたい。メビウスの甘言に乗ってしまったのは、「本当の自分」の生きる道を、シティーに生きる中で見いだせなかったからなのだろう。
・「私らしい人生」の始まり
セナとシャナイアが初めて会話した際、こんなやり取りをしている。
あなた達と出会って
命の本当の意味もわかってきた
自然に還る命──
これまで考えもしなかったけど
すごいことだよね
自然て何?
勝てもしないのにブレイド振り回してバカじゃないの?
殺されて 命の輪の中に入った方がずっとマシ
セナは生まれてくる命の神秘を愛おしく感じ、何気なく口にした。しかし、シャナイアにとっては、生まれてくる子どもに望まぬ運命を強いられる呪縛にしか思えなかった。
自然に生き、自然に自らの役割を果たした結果、父と姉は死んだ。
父と姉の代わりとして生きるシャナイアも、果てに待つのは父や姉と同じ戦死。母に選ばされたレールを歩き、死に向かい続ける人生になんの意味があるのだろうか?
そして、脱獄後、メビウスの側についたことが明かされた時、セナとの会話で本音を吐露する。
変えないと 同じことの繰り返しなんだよ!?
同じなんかじゃない
だから自然な命って?
一回こっきりの命なのに? 明日いきなり はい あんたの人生ここで終わりって言われたら?
理不尽なんだよこの世界は
だったらさ──やり直せるこっちの方がマシなんだよ
次は、次こそはそいつを超えられるかもしれないんだよっ
何もかも思う通りにいかない、劣等感まみれの人生。
得意でもないリイド家の銃を使わなければ。優等生の幼馴染の真似事なんてしなければ。きっと、誰からも認められた存在になれた筈だ。
あくまでタラレバ論であり、自分を見失った中での理屈でしかないかもしれない。しかし、彼女にとって「再生」は自分らしく生きられる可能性がある、一筋の希望に思えて仕方なかったのだ。
結果として、シティーの消滅は不発に終わる。
シティーを売り、居場所を失ったシャナイアだったが、元よりミオの成人の儀に合わせて「再生」のため殺される予定だった彼女には、これ以上生に縋る理由がなかった。
結果、テイタニアの銃──リイド家のブレイドで自らを撃ち抜き、命の輪の中へと入っていった。
母親の束縛も無い、自分らしく生きる道を始めるために。
・まとめ
この子が「唐突に裏切り、ヒステリックを振り撒いたキャラ」で終わるのは可哀想だなぁ、と思ったのが本記事の出発点だった。
シャナイアの話は、個人的にもサイドストーリーの中で特に気に入っているシナリオだ。命の火時計から脱してウロボロスになったノアたちと、ウロボロスの末裔であることをやめて命の火時計で「再生」される道を選んだシャナイア。向かった未来はまるで逆で、ノア達が目指す道は結局綺麗事や理想論なのか、と一度立ち返る部分も含めて、良い味を出していたように思える。
家庭環境の歪みから始まり、取り返しのつかないところまで道を踏み外してしまった。父親や姉が生きていれば。ウロボロス候補になれなくてもいい道を示してくれる人がいれば。けれどそうはならなかった。どうしようもないやるせなさは、『忍者と極道』の「割れた子供達」や『BLACK LAGOON』のヘンゼルとグレーテルを思い出した。
しかし現実としては、上述のように本編のみでは情報が断片的なため、シャナイアを好きな人/嫌いな人の評価の食い違いがより顕著な格好となった。
セナのサイドストーリーを読んだ上で嫌いな人もいるが、中には5〜6章のみの評価で嫌っている人もおり、それがファンアートのコメントにも及んでいるのが散見され、悲しい気持ちになった。
個人の感想に異を唱えるつもりはないし、少なくとも本編上では憎まれ役として描かれた部分もある点がまた難しいところだ(じゃあサイドストーリーの部分も本編に入れろよ論もあるが、これはシャナイアに限った話ではない。全キャラ一つひとつ本編の中で掘り下げようとすると本編の長さどんどん肥大化しかねないためキリがなく、仕方ない側面もある)。
裏切りの背景を理解した上でも、彼女の所業を全て肯定できるわけではないだろう。
ただ、少なくとも「なぜこうなったか」を分からずに語るのと、分かった上で語るのでは、意味合いが全然違う。この記事がその一助となってくれたなら幸いだ。
コミュの怖さと後悔と
「ありがとう」を伝えられず終わる人生にしたくない、と強く思うようになった。
私は学生時代、人と正面から話すことに一種の恐怖心を抱いていた。
高校では友達が全然作れなかったし、大学一年の時は、人の前に立ってレポートを発表するだけで、手足が震える始末だった。
それは、中学時代に受けたハラスメントから来る傷跡なのか、単に友達が一人も居ない高校に放り出されて拗れた結果なのか、よくわからない。何にせよ、私はコミュニティの形成に乗り遅れ、休み時間は一人で本を読む学生生活を送っていた。
そんな中、高校の修学旅行で、友達と呼べる人が一人できた。
就寝部屋が同じだった、Tだ。
Tは東方projectの同人が好きで、偶然にも私が当時読んでいたサークルと一緒だった。
好きなジャンルが同じ、というのはあるけれど、読んでる同人誌自体もピッタリハマる人に出会うというのは奇跡で、互いに興奮したのを覚えている。
就寝時間、みんなが眠っている中、秘密を共有するような雰囲気も相まって一気に意気投合した。勢いでメアドも交換し(当時はLINEも無いガラケーだった)、この人となら仲良くなれる、という確信まであった。
けれど、Tとの関係はそこまでだった。
修学旅行が終わり、Tは元のコミュニティに戻る。
その輪に、私が混ざれる勇気が無かったのだ。
一気に距離を詰めた反動で、「もし拒絶されたらどうしよう」という恐怖心が一段と膨れ上がっていた。
休み時間、輪の中に居るTに話しかけようと席を立とうとして、足が動かなかった。次の休み時間も、その次も、足が言うことを聞いてくれなかった。ならばとメールを打とうとしても、送信ボタンが押せなかった。当時は恐怖心を自覚できてなかったしコントロールする術も知らなかったから、余計に苦しさを増幅させていたのだと思う。
結局、Tとは修学旅行以来、ろくに話すこと無く卒業した。
話したいことは沢山あったはずなのに、その機会は失われてしまった。
同じく、高校時代の私に声をかけてくれる人が居た。同じ学校に通っていた上のイトコだ。
彼女は小さい頃から、私によく話しかけてくれた。高校になっても、イヤホンを付け一人で帰る私に、手を振ってくれた。身内に隠キャが居るのを周知させる、下手をすれば自身にもリスクのある行為だと思うのだが、純粋に私を気遣ってくれたのだと思う。
けれど、ささやかな彼女の善意に、私は目を背けた。沢山の友達を連れている人気者の彼女に手を振り返すぼっちな年下のイトコ、という立場が、惨めでたまらなかったのだ。
それでも、彼女は私を見かける度に、声をかけ、手を振ってくれた。心の弱い私は、申し訳程度のリアクションもできなかった。
そんな彼女とも、とある転機を切っ掛けに、話す機会を失うことになる。
内容は割愛するが、彼女へ送った千羽鶴が届いていなかったら、現在も彼女の家族と話せるような関係になってなかったかもしれない。
なにが言いたいかと言えば、「関係がいつ終わるとも知れない世の中だから、伝えられるうちに気持ちは伝えないといけない」ということだ。
ある時、私が好きな作家が、YouTubeの配信で「ファンアート、マシュマロの文章は上手い下手とか関係ないですよ、書いてくれた気持ち自体が嬉しいですから」という旨のコメントをしたのを覚えている。
それ自体は月並みな言葉なのだが、彼の書いた作品では、仲間であり尊敬するクリエイターが筆を折り、何もしてあげられなかった主人公の無念と絶望を強く描いたシーンが幾度も描かれている。
だから、言葉の裏には、想像もつかない実感と重みが含まれているように思えて、強く胸に刻み込まれた。
以来、私は伝えられる内に、よしんば拒絶されようとも、ちゃんと言葉にして伝えようと心がけている。
社会上の人間関係も、SNSも、ふとした拍子に繋がりが消えることはザラなのだから。
高校から何年も経ち、社会に出ても、後悔の連続だ。
学生時代に比べれば、落ち着いて話せるようになってきたが、言葉選びを間違えたり、言葉が不足することは多々ある。潜在的恐怖心が残っているか、あるいは単に人との距離の取り方が下手くそなのだろう。
それでも、人見知りなりに、前向きなコミュニケーションの姿勢は忘れないよう、ここに書き残そうと思う。
備忘録 読み物が読まれるために意識すること、その叩き台
前書き
最近、仕事、趣味共に、ものを「書く」時間が多くなってきた。
趣味で完結してた時だったら、「書くの楽しい〜〜〜」で済んでいた話なのだが、仕事が絡むと、そうも言ってられない。相応のクオリティを保障する必要が出てくる。
で、そんなことを考えていると、趣味だった文章の方にも、あまり妥協が出来なくなりつつある自分がいる(趣味なのだから、必要以上に自分を縛らないようにはしているが)。
つまるところ、書いた以上、ちゃんと読んで評価してもらえる文章とは? とか考えだしてしまったのだ。SSなり、ブログなりでもそうである。
とは言え、現在の私は駆け出しの身であり、ノウハウもハウツーもへったくれもない、トライアンドエラーで何とかしがみ付いている人間である。
だからこそ、しがみつき、足掻いてきたなりに、読み物としてのクオリティを高めるための叩き台のメモを、ここに書き残すこととする。
※本記事で述べる「読み物」は、ブログ、小説、漫画、メディアなど、媒体やジャンルは特に定めないものとする。創作論を主としているが、ある程度他媒体でも転用できる話だからだ。
目次
・前提条件
読者は「読まない」「飽きた」という最強のカードを持っている
・書くときに意識すること
①市場に合わせたコンテンツであること
②読者が参入しやすい、やさしい読み物であること
③時代に流されない、普遍的テーマであること。
・普遍的テーマを書くために
a. ②と③を両立した作品を踏襲する。
・まとめ、あるいはあとがき
前提条件
・読者は「読まない」「飽きた」という最強のカードを持っている
コンテンツが飽和した昨今、このカードの強さは日々増加している。
アニメを見るにしても、無料漫画を一つ読むにしても、意思決定が必要な時代だ。「これ面白いですよ!」と言われても「いや、自分の積み読に手一杯なんで……」で片付けられてしまう。
必死に宣伝しようと届かないことの方が多い中、「読む」カードをどうやって切らせるかが肝心となってくる。
「読む」カードを切らせるための「第一印象」の工夫は、どちらかというとコピーライティングの分野に近いため、テーマの脱線を避けるため割愛する。
そっちはそっちでちゃんと考えを掘り下げていきたい。
本記事は「読んでもらった」その次、「飽きた」のカードを切らない方の、読者が離れないための内容について考えていく。
・書く時に意識すること
本題に移る前に。
序文で「叩き台」と書いたように、下記の考察はガバガバ理論であり、否定される前提で書き進めている。
そもそも、売れる売れない、PV伸ばし云々や創作論の話は幾百幾千も繰り返されてきたもので、それを自分の中で言語化し、消化するために書いているのが当記事である。
思考の第一段階というか、思い浮かんだ言葉が逃げる前に残している意味合いが大きい。
数ヶ月後の自分が読んだ時、「いやこうした方がもっと良くなるでしょ」と次の段階に持っていけるように、当記事で完結せず、思考を深めていることを祈っている。
もしこれを読んだ人が、「遅れた思考乙」と罵ってくれる批判的思考の人なら、もう遠慮無く叩いてくれてよい。
では、本題に移る。
①市場に合わせたコンテンツであること
これはもう再三言われていることかもしれない。
ネットの普及、時事問題など、興味関心は日々移ろいでいて、その流れに合わせること。
ウルトラマンが、昔は首切断シーンをバリバリやっていたが今では控え目になったとか、
幽遊白書のように、不良が主人公の漫画が多かったけど今では需要が変わってきているとか、
そういった市場のニーズを把握した上で書く、ということ。
ツイッター漫画が顕著だが、時代にピタリとハマれば「バズる」し、無策で売れようとするよりは良い。
現代の身近なニーズで言うと、書いてる現在では、FE風花雪月の人気は勢いが衰えないし、メディアで言うなら、スマブラの攻略記事「smash log」は、今後も長く需要がある記事だと言える。
最初に挙げといてなんだが、①に頼りきるのは長期的に見ると微妙だと思っている。それについては後述。
②読者が参入しやすい、やさしい読み物であること
漫画の例ではあるが、「ひだまりスケッチ」など、きらら作品がイメージしやすいのかもしれない。
何気ない日常を切り取り、しかしユニークに、柔らかく書くこと。
MPが回復していくような読み物というのは、とにかく手に取りやすい。
読み返すのに、抵抗も生まれにくい。
③時代に流されない、普遍的テーマであること。
①の対となる視点。再三言われてる当たり前のことかもしれない。
やはり個人的にはこれが理想で、一番難しいと思っている。
例えば、『Air』は泣きゲーとして今も語り継がれている作品だ。
売れた理由の一因は、当時泣きゲー市場がブルーオーシャンだったから、という①が該当する。
しかし、ヒロインの美鈴が母に抱えていた感情は、とても普遍的で、今の読者にも響くものになっている。
また、『Fate/stay night』は、「正義の味方になる」という普遍的ながらも、実現不可能な夢物語が、物語の骨子として深く関わる。
セイバールート、凛ルート、桜ルート、そして『Fate/Zero』もそうだが、「正義の味方になる」というテーマに、真っすぐな、時に残酷な一つの回答を出したからこそ、多くの人気を博したのだ。
そうした、時代が移ろいでも再読し、考えさせられる、心に楔を打ち付けるようなテーマが理想なのだろう。
少なくとも、私が書くものはそうありたい。いや百合セックスも書きたいが。
では、言うは易し、行うは難しのテーマを生み出すにはどうすればいいのだろうか。
・普遍的テーマを書くために
a. ②と③を両立した作品を踏襲する。
真っ先に思い浮かんだのは、童話。
時代劇や、手塚治虫などの長らく愛される作品も該当するだろうか。
十年、百年単位の時が流れても読み語られているのは、教養として深いテーマを持っているのもそうだが、取っ付きやすさも重要なポイントだと考えている。
私は所属してた大学もあって、童話に触れる機会がそこそこあったが、とにかく読みやすく、考えさせられる話ばかりだった。
一例をあげる。
小川未明『赤い蝋燭と人魚』は、老人夫婦が人魚の赤子を拾い、一緒に暮らす話だ。
育った人魚は不思議な力を持っており、彼女が絵を描いた赤い蝋燭は、船旅の安全を保障してくれた。
そこに金儲けとして目を付けた香具師は、大金を出すから人魚を譲ってくれないか、と老人夫婦に申し出る。
最初は断っていた夫婦だが、香具師の「昔から人魚は不吉な存在である」という適当な言葉に騙され、最後には申し出を受け入れてしまう。
人魚は泣いて家を離れることを懇願したが、夫婦は聞き入れてくれなかった。人魚の必死の訴えも虚しく、彼女は引き渡されていった。
その後、人魚の書いた、赤い蝋燭を持つ船に変化が起きる。
天気が良くても、急に嵐が吹き荒れ、転覆するようになったのだ。
赤い蝋燭は安全の象徴から、死の象徴へと形を変えた。
船乗りが何人も溺れていき、やがて町は、幾年も経たずして亡びた。
──という話だ。②、③にも該当しており、それなりに良い例だと思う。
今回取り上げた童話も、古く、あまり馴染みのない作品ではあるが、私の記憶に残っている。
意識する読者層によって、ファンタジー要素、話の明るさ/重さといったさじ加減は変わってくるが、読者への入り口を広げるなら、こういった取っ付きやすさも、頭の隅に入れておきたい、と感じた。
しかし、これでもまだ抽象的考えであることが否めないので、もう少し具体性を帯びていきたい。
b.エンタメ性を取るか、文学性を取るか
一気に書いて疲れたので後で考えます。
まとめ、あるいはあとがき
エモい百合が書きたいだけだったのにどうしてこうなった。
いや、ほんと百合を書く精度上げたいなーとか、読みやすい文章って何かなーとか、そんな軽い気持ちだったんですよ。で、たまには推敲なしの一本道で書いてみよっかなーとか思って、一本道で書き連ねてたので、いま正気に戻りました。なんだこの無駄に意識高い文章。しかも最後バテて投げてるし。
えっと、その、なんか硬い話してすみません。もっと精進します。