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「もう一度」が与えられるのなら 『Re:LieF〜親愛なるあなたへ〜』体験版をプレイして

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いつからだろうか、私は就職活動というものに諦観を抱いていた。

鈍臭い自分を拾ってくれる人はどこにも居なくて、職種を選ぶ余裕なんて無くて、転がり込むように就職した。

転がり込むように、という意味では、高校・大学も変わりない。

自己評価の低さゆえに生じる他者への恐怖。それから逃げ、縮こまり、自分を守ってばかり。

そんなツケが、今の生きづらさとして現れているのかもしれない。

 

こんな前置きから始まったのは、

『Re:LieF〜親愛なるあなたへ〜』

の物語が、現在の自分に突き刺さる内容だったからだ。

触れたのはまだ体験版のみだが、それでも、心の内を強く揺さぶり、こうして筆を取るだけのものがあった。

 

 

あらすじ

『Re:LieF』のあらすじを簡潔に纏めると、

「一度仕事に挫折した人達が、一年間の擬似学園生活による再就職支援プログラムを通し、自分を見つめ直す」

というもの。

 

開幕は、痛々しい切り出しだった。

理不尽な叱責、周囲からの重圧に押しつぶされた新米社会人、箒木日向子。

針のむしろの中、取引先でのプレゼンに一度、二度と失敗し、人前に立つことに強い恐怖心を抱くようになる。

事実上のクビを言い渡され、会社に行く理由も無いのに、スーツを着て呆然と電車に乗る日々。

もしかしたら会社から何か呼ばれるかもしれない。

けれど、会社にはもう行きたくない。

そんな二律背反の感情が、失職直後の状態として、非常に生々しく見えた。

行くあても無い電車の中で、取引先で知り合った女性──斎藤と再会する。

事情を知った斎藤は、「トライメント計画」──模擬就学制度による若年者際就職支援プログラム──について話してくれた。

ハローワークに通うものとは別の、就職を見つめ直すチャンス。

失意の中から立ち直るため、日向子は二度目の学園生活に身を投じる事となったのだ。

 

やりたいこと、自分の存在価値

上手い、と本作で感じたのは、日向子のキャラクター像と、世界観の親和性だ。

トライメント計画に参加する直前、日向子は、当時の学生時代のアルバムに目を通していた。

 

……私は本当に、この学園にいたのだろうか。
思わず問いかけたくなるほどの存在感。
私は、何かを残したのだろうか。
私は、何かを得たのだろうか。
もう一度最初の方へと戻って、自分のクラスのページを開く。なかば予想通り、そこにいる、ほとんどの人の顔と名前が一致せず。
ああ、だから、そういうことなのだ。
昔からずっと、私は自分の理想や目標などを考えず、ただそこにいるだけの存在だったのだ。

 

日向子は、やりたいことや目標を持たない、未来が白紙のキャラクターとして描かれたいる。また、学生時代も、持病のせいで友達を持てず、思い出と呼べる過去も存在しない。

何も持たない、というのは主役としてよくある型に見える。だが、「トライメント計画」が、逆に日向子を際立たせている。

トライメント計画に参加する者たちはみな、学生である以前に社会人だった。

日向子が学園で知り合う仲間たちは、前職で法学関係に勤めていたり、論文を幾つも発表した研究者だったり。みんな何かを社会の中で培っていた。

日向子は、そういった「何か」を持っていないのだ。

社会人にもなれず、学生でもいられなかった存在。

 

別にいまどき、自分のような生き方を珍しいものだとは思わない。
けれど、そうだけど、それは少しだけ、ほんの少しだけ、寂しいな、と思ってしまった。
職場だって同じだ。
「あの」職場の人間はきっと、一週間前にいなくなった人のことなど、誰も覚えていないだろう。
そして、それを寂しいことだと感じることさえ、きっとほとんどなくなっていて。

 

自分が所属する集団において何を成したか、存在意義を見出せずにいる。それは決して他人ごとに思えなかったし、恐らく相当数の人は日向子のような懊悩を大なり小なり抱えていると思う。

「何もない」ことが、トライメント計画の中で、「何か」を見つける役割として、機能しているのだ。

 

 

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日向子は凡庸で、読者の目線に一番近い形で描かれたキャラクターだ。

一人だった彼女が、学園生活で作り上げた友達に支えられながら、冴えない社会人だった過去の自分を乗り越えていく。

こうして筋書きを書き起こしても、物語を平凡に感じなかったのは、「もう一度」だったからなのだろう。

取り返しのつく出来事はない。だからこそ、失敗の過去はトラウマとなり、心の深くに刻みこまれる。その筈だ。

けど、もう一度、挑戦する機会が与えられたのなら。

その機会を逃すまいと、勇気を振り絞り、壇上に立つ彼女。

その姿は、どこまでも輝いて見えたのだ。

 

まとめ

ここまで書いて、これが物語のごく一部、共通ルートか何かに過ぎないということに驚愕した。それ程正確に、一点を穿つシナリオだった、ということかもしれない。

短い体験版ではあるが、社会生活で苦い思いをしたことがある人、未来への展望が漠然としている人には、是非見て欲しいと思える内容だった。

就活、仕事との向き合い方について掘り下げた作品としては朝井リョウの『何者』、山本文緒の『絶対泣かない』などがある。

だが、「元社会人が集う擬似学園生活」という非現実な世界に引きずり込んできたのは、エロゲならではの手法だと舌を巻いた。ただ学園の風景を書くのではなく、社会に放り出され、もう一度モラトリアムに戻ってきたことで、みな落ち着きがあり視界は現実的になっている。そうした部分をきちんと描いているのも抜け目がない。

現在、ディスク版はプレミア化していて、定価で買えるのはDL版のみになっているが、それも頷けるクオリティだ。

 

最後に、キャッチコピーとなっている言葉(主題歌の曲名)で締めたいと思う。

シンプルな一文ではあるが、この一文が、痛いほど響いてしまうのだから。

 

 

「試してみるんだ、もう一度」

(Re:TrymenT)

 

 

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