あなぐらのなかにいる

感情のことをつらつら話します

あなただけの、小説が好きな理由が見つかる。 『小説の神様 あなたを読む物語』

二十を過ぎた辺りからでしょうか。「年を取るにつれ、人は本から離れていくのではないかしら」という、漠然とした気配を感じました。
 
文学コンテンツが好きと言っていた元バイト先の店長は、「忙しくて最近の作品は追えていない」とも話し、定期的に本を読んでいた知人も、「今はラノベすら読むのが億劫」と漏らし、かつて一緒に図書館に篭った中学の旧友らも、今では「本」の単語すら口にしません。


そんな中で、「自分は本から離れないぞ!」と、よく分からない意地を張っていました。子どもの頃から本を読んできた私にとって、本を失った生活など考えられなかったのです。
けれど、社会に出始め、心が磨耗するにつれ、一月に読める本が段々と減っていくのを感じました。
寧ろ疲れているのなら、エンタメ性の高い映画やYouTubeの愉快な動画を観る方が断然気楽で、「ああ、こうして人は本から離れていくのか」と、ふと思いました。
自分の何かが音を立てて変わっていくのを感じながら、しかし小説から離れがたい思いは消えませんでした。

小説を読みたい。けれど読むエネルギーは大きい。

映画もある。漫画もある。なのになぜ、小説の媒体が好きなのだろうか。

そもそも、インスタントに娯楽を楽しめる今、小説に拘る理由なんてあるのだろうか。

そうした思考の袋小路の中で、「小説の神様  あなたを読む物語」を手に取りました。

小説を愛するが故の喜びと苦しみが入り混じった激しい熱は、「ああ、やはり小説が嫌いになれない」と思わせるだけのものがある、ずっと心に残るような作品でした。

 

 

 

人物紹介

 

この作品を紹介する前置きとして、『あなたを読む物語』は、二人の主人公の視点が交互に移りながら進行していきます。

 

・千谷一也

一巻に引き続き、本作の主人公。売れない高校生作家。長い間物語を生み出せない状態だったが、小余綾詩凪と合作の企画を経て、再び小説家として立ち上がる。

・成瀬秋乃

もう一人の主人公。千谷が所属する文芸部の後輩。引っ込み思案な性格から前に進むために、小説を書きたいと思っている。

・小余綾詩凪

千谷の同級生であり、覆面美少女作家。合作の相方である千谷と度々意見が衝突したり、小説を書きたいと口にする秋乃に、優しい言葉をかけている。


千谷と秋乃、作家の葛藤と読者の葛藤。この二面性が、『あなたを読む物語』の魅力となっています。

今回は、特に共感できた秋乃に主にスポットを当てて、紹介をしていこうと思います。

 

本を通じた、人との対話

 

秋乃視点の大まかな内容は、以下の通り。

中学生時代、同級生の真中葉子の書く小説を読み、彼女の世界に惹きこまれていった秋乃。しかし、高校生になり、再び出会った彼女は、「もう小説は書かない」と言い出した。また、本屋で知り合った小学生から、「不登校になってる友達を、元気付ける本を探したい」と頼まれる。真中に、不登校の子に、心を繋げられる物語は存在するのだろうか?

 

秋乃の話の中で、強くメッセージ性を帯びていたのは、「本を通じた人との対話」です。

物語の中で、秋乃はクラスメイトであるユイに本を勧めることになります。秋乃が勧めたそれは、可愛らしいキャラクターが表紙の本……いわゆるライトノベルと呼ばれるものでした。
秋乃は一般文芸と呼ばれるものより、ライトノベルを好んでいました。外野から飛んでくる偏見、好奇の視線に晒されながらも、その本にしかない物語に、心が惹かれることを否定することはできませんでした。
だから、ライトノベルに詳しくないユイに本を勧めた時も、色よい反応が返ってくる期待は、あまりしてなかったのです。
けれど後日、ユイの口から飛んできたのは、「すっごく感動した!」と興奮混じりの声。
「共通の本の話題」が橋渡しとなり、ユイとの中は深まっていきました。
 

物語の中心となる真中と知り合ったのも、「真中の小説が好き」という気持ちです。
この描写が綺麗、真中さんのような感性を持ちたい、続きが読みたい、そうした真中の綴る物語が好きという思いを、秋乃が真っ直ぐに伝えたことで、赤の他人だった真中と、友達になることができました。この経験は後に、秋乃が小説を書きたい思いにも繋がっていきます。

本来、読書体験とは、物語を咀嚼し、自分のみの感動として完結するものかもしれません。しかし、読んだ者同士、書き手本人と感想を共有することで、小説を通じて、人が、物語が繋がっていく、それも読書の在り方の一つだと思います。

 

あなただけの物語が見つかる

 

『あなたを読む物語』で何よりも面白いのが、「読み手によって刺さるテーマが違う」こと。物語が進行する中で、千谷と成瀬は、小説に根付いた多くの問題に向き合っていきます。


心ない批判を受けながら、或いは惜しまれながらも、日々打ち切られていく物語。

作家生命を奪う海賊版や万引きの問題。

ライトノベルを薦める時の冷たい視線。

本とはメディアミックスされる売れ方が正義なのか?

売れるためなら自分の信念を曲げるのか?


書き手と読み手、どちらの視点からも共感できる悩みがぎゅっと詰め込んであり、読んでいるうちに、背筋が伸びるような気持ちになります。若い子が無自覚で使う海賊版も、ライトノベルの風当たりが冷たいことも、創作の世界で完結する他人事とは思えません。

 

特に一番心に残ったのは、人に本を薦めることが何か意味をなすのか、心を動かすことなんてできるのか、と秋乃が悩むシーン。

図書室で遭遇した小余綾は、秋乃の話を聞いて、こう語りかけます。

 

「この物語は、わたしのために書かれたのかもしれない。そんなふうに感じる物語と出逢った経験はない?」
「そんな経験ができるのは、きっと幸運なことよ。物語との出会いは運命だから、それができない人たちだっている。有名な作品や人気作は、誰でも手に取る機会が多いと思う。けれどそれは普遍の物語にすぎない。人の心には普遍な心もあるから、広く浅く心に届く物語もあるけれど、でも、狭く深く刺さる物語は、きっと見つけ出すのはとても難しい。その尊さは、一冊の本を何度も繰り返し読んだ経験のある人でなければ、わからないことだわ。自分の読書の経験から、誰かのそんな手伝いができるようになれたら、きっと素敵なのでしょうね」
講談社タイガ  小説の神様  あなたを読む物語  下巻  P.165より

 

読んだ時、心の憑き物が落ちるような気持ちでした。

物語に触れるのは、娯楽のためだけではない。小説の言葉一つ一つが、自分の傷や苦しみにそっとに染み込むような、本でしか経験することのできない、かけがえのない物語を探す。それが読書であり、本を薦めることなのだと。

勿論、前述のユイの話のように、ライトノベルのような作品から交流を深めることもあります。今、多種多様な物語があるように、物語と触れ合う形は様々なのだと、改めて教えられました。

 

まとめ

 

小説の神様  あなたを読む物語」、素晴らしい作品でした。
かつて「小説の神様」一巻を読み、痛ましくも前に進み続ける作家劇に引き込まれた私ですが、『あなたを読む物語』もまた別の切り口で読者にアプローチをしており、興味深く読むことができました。

小説を読むのはエネルギーが要るとか、周囲を気にしたり、そういう「読まない理由」よりも「読みたい理由」に正直になれるよう努めていこうと思います。

また、『あなたを読む物語』は『小説の神様』の続刊ではありますが、本文からキャラの関係性は十分に把握することができること、本に詰め込まれたメッセージ性は単体で完結していることから、『あなたを読む物語』から入ってみるのもアリなのでは、と個人的に思ったりします。

この作品は、小説を愛するが故の苦しみに向き合い、多くの人と対話を重ね、最後には「小説が好き」だと胸を張って言うことのできる。そんなプロセスを描いた物語です。

小説を手に取る人が減っている今だからこそ読みごたえのある、おススメの一冊です。あなただけの「小説が好きな理由」を、見つけてみてください。