あなぐらのなかにいる

感情のことをつらつら話します

ぼっちだけど青春はしてたかもしれない話

学生生活における、青春の定義とは何でしょうか?


友人と馬鹿やることでしょうか?

部活動に全力を尽くし、かけがえのない思い出を作ることでしょうか?

文化祭、体育祭で、クラス一丸となって取り組むことでしょうか?

同年代の学友と築き上げていった時間を、人は青春と呼ぶのでしょうか?


私の高校時代は、どれにも該当しない人間でした。いわゆる、ぼっちです。思い返しても、暗い出来事ばかり出てくるような高校時代でした。卒業してから数年、あの日々を黒歴史認定して、ずっと記憶の底に封じ込めていました。

ですが、時間が経ち、冷静に学生時代の出来事を一つ一つを俯瞰できるようになってきて、ふと思いました。

もしかしたら自分は、青春らしい時間を過ごしていたのではないか、と。

「友人も満足に作れなかった人間が何を言うか」と思うかもしれません。

ですが、ぼっちで孤独感に苦しむ中でも、その苦痛を忘れさせてくれる場所がありました。

図書館、音楽室。転がり込んだ目的こそ現実逃避に近かったですが、そんな私に関係なく、先生は優しくしてくれました。そのお陰で、私は灰色の日々を脱することが出来たのです。

聞き苦しい話かもしれないですが、一人であっても学生生活は色づくということを伝えられたら、と思います。

 


高校時代、私は、人を信じること、そこから繋がる拒絶に、恐怖心を抱いていました。

だから、ぼっちになるのは、恐らく必然だったのでしょう。

中学時代、部活の教師から受けたハラスメントにがトラウマとなり、部に入る気はまるで起きませんでした。加えて、中学の友人が誰も居ない高校に入学したのも災いしてました。自分から話かけられる話題を知らず、人を和ませる切り返しも思いつかず、人の輪に混ざろうとしては、空回りする日々でした。段々と神経は擦り切れ、人の輪に混ざることを諦めてからは、本を読むか、黙々と次のテストの勉強をするか、イヤホンで音を遮断して寝るか……。クラスに一人は居る、典型的な帰宅部のぼっちの誕生です。始業十分前になると、クラスが一気にざわつき始める、その空気に馴染めてない感じが、とても嫌でした。

いつしか、始業前ギリギリまで、図書室に逃げ込むようになりました。手当たり次第に本を読んだり、掃除が杜撰だったので、埃を掃いたりすることもありました。始業前にわざわざ利用しようなんて人は他に居らず、喧騒から離れた空間でひとり、好きな本に囲まれている時間は、とても安らかなものでした。

始業直前まで席を外している司書の先生からも、すぐに私の存在は認知され始めました。顔を合わせるのが掃除をしている瞬間だったこと、また、私が図書委員に所属していることもあり、熱心な生徒だと思われたのかもしれません。司書の先生は、優しく歓迎してくれました。司書の先生はとても柔らかな物腰の人で、最初は緊張していた私にも、落ち着いて接してくれました。

そうして打ち解けると、先生と話す機会が少しずつ増えていきました。それは始業前の僅かな時間に、或いは、放課後の図書委員としての時間に。

──あ、これ新しく入った本ですか、ライトノベルってウチで取り扱うんですか?  そう言えば、ケータイ小説なんてちょっと前に流行りましたよね……

大抵は事務的な話だったり、他愛のない話ばかり。ユニークな話題運びなんてできません。けれど、本について誰かと語り合える機会はそう無く、貴重な時間でした。また、事務的だからこそ、クラスメイトと打ち解ける時のように話題を苦心する必要もなく、程よい距離感でもありました。気づけば、図書館に向かう足取りは、喧騒からの逃避ではなく、本を読み、司書の先生と話すことへの期待に変わっていました。

そうして、図書室は、私の居場所の一つとなったのです。

 

 

 

次に悩みとなったのは、昼休みの過ごし方でした。

纏まった時間を使い、お喋りをする空間、勉強に集中する空間を求め、至る所に生徒が集まっています。

勿論、図書室も例外ではありません。大学受験の勉強のためか、多くの上級生らしき人たちが図書室の机を埋め尽くしていて、気を休められる場所とは言い難かったです。そのため暫くは、偶然空いてる教室を探し、学校を歩き回る毎日でした。

最終的に辿り着いたのは、音楽室。

吹奏楽・合唱部の活動は放課後以降なのか、いつも昼の音楽室はがらりと空いていました。防音で静かなのはいいものの、本を読むのも気が引けて、けれど手持ち無沙汰で退屈で。そのため時間潰しとして、ピアノの前框を開き、「ねこふんじゃった」や「エリーゼのために」を適当に素人感覚で弾いて、昼を過ごしていました。

隣接していた準備室に聞こえていたのでしょう。ある日、音楽の先生が顔を出して、私に声をかけて来ました。

「良かったら、空いてる時間にピアノの練習を受けてみない?」

そうして、音楽の先生から、ピアノの基礎を教わり始めました。

楽譜の読み方、ト音記号ヘ音記号の違い、♯と♭の意味。滑らかな指の動かし方。

手先が不器用なため苦労はしましたが、いつも聴いていたクラシックやアニメの曲を、自分の指から紡げるようになっていくのは、とても心が踊りました。

私にはやはり雑談など出来ず、指導を聞いて、それを指に染み込ませるだけのつまらない生徒でした。けれど、音楽の先生はそれでも、黙々と課題を進める私を、度々褒めてくれました。なぜそんなに親身に接してくれるのか、人と壁を作っている身としては少し疑問で、けれどくすぐったい気持ちでした。

授業の傍らで楽譜を読み解いたり、音楽室を利用する先客がいても逃げ出さずに、空いてるキーボードを借りて練習を進めたり……学校生活の退屈、苦痛、他者の視線の恐怖も、ピアノに注力する事で、段々と薄れていった気がします。後に、ピアノを活かせる保育系の大学へ進学したのも、この経験があったからかもしれません。

部活動も無く、灰色だった昼休みと放課後は、「ピアノの練習」で少しずつ色づいていったのです。

 


つらつらと書き並べてきましたが、私は結局のところ、クラスに馴染めなかった集団社会の不適合者です。「はい二人組作ってー」は死の宣告でしたし、本を読むのもピアノの練習も、つまりは人の輪から離れた一人の世界。それに、中学時代に受けた傷から、人を信じるのも怖いままでした。ぼっちであったことに変わりはありません。

けれど、私があの場所で過ごした時間は、間違いなく、後の人生の糧となっていました。

図書館で広げた見識は、卒業研究の糧となり、

音楽室で積み重ねたピアノの基礎は、大学のピアノサークル活動へと繋がりました。

だからこそ、私は高校生活を振り返り、思うのです。

もっと、司書の先生と色んな本について、或いは司書という仕事について、話を深めたかった。

もっと、音楽の先生から、ピアノだけでなく、他の楽器やクラシックについて、学びたかった。

私が、クラスのはみ出し者である事など関係なく、優しく接してくれた先生に、応えたかった。

そうした思いは、青春と呼ぶに値するのではないでしょうか。

今となっては、全て過ぎ去った日々です。遠い遠い、何年も前の話です。でも、今こうして言葉に綴ることで、どんな人付き合いを大切にすべきなのか、気づけたような気がします。

もしこの記事を目にした学生が居たら、「学校生活で友人がいない=負け組のようなレッテルを張る必要は無い」という願いと共に、この記事を締めくくりたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。